トリノの路上から(4)「都市の死」の只中で

2020/06/05 しろー

 ロックダウンが始まった頃のことはもう遠い昔のように思える。
 ウイルスが北イタリアに蔓延し始めたの(がわかったの)は2月頃で、まだ国外に出て戻ってこられた。隣の県で死者が続出しているという感覚もあまりなく、マスクをしている人を嘲笑するような雰囲気さえあった。それが、スイスへの小旅行から帰ったら、感染者・死者ともにうなぎのぼりで、さらに他国でイタリアからの旅行者・帰国者が陽性だったというニュースが流れ始め、きづけばあっというまにコンテ首相の深夜の緊急事態宣言となった。
 不要不急の外出は禁止。買い物は各家庭一人が一日一度だけ。犬の散歩、運動は自宅から200メートル以内。違反者には5万円の罰金。軍による戒厳令ではないとのことだけど、ロックダウン後すぐに各地の刑務所で暴動が起こり、大規模な脱獄があったフォッジャの暴動を収めたビデオには、軍隊が出動している姿が収められていた。夜12時をすぎると街はもぬけの殻で、市民生活レベルにおいて、緊急事態と戒厳令は同じだということがわかった。3月22日にはトリノ市北部にある、中心部で最も「治安の悪い」とされるバッリエーラ・ディ・ミラノ地区に軍隊が導入された。
 スーパーや薬局など一部の店を除き商店はすべて閉鎖。物流を除いた商業活動はほとんど停止になった。しかし軍事工場や一部の工場は今だ稼働している。ロックダウンでの休業・失業(イタリアでは多くの若者が非正規雇用だ)への補償を求める声や、新型コロナの蔓延する中働かされることへの抗議などがSNS上などで起こっていた。ホワイトカラーは在宅勤務になり、学生はインターネット講義を受けている。学校は秋まで閉鎖。みな家に閉じ込められた。もちろんDVの件数ははねあがり、シェアハウスの同居人たちの間にも息苦しさがひろまった。
 デモや集会はもちろん禁止。ロックダウン後数日間は社会センター・スクウォットも活動していたけど、利用者に感染者がいたことが発覚した社会センターは一時閉鎖を決め、活動家の中にも感染者と会食をしたとかで自主的に自宅隔離する人が出始めた。ロックダウンを無視していたスクウォットはパーティー後に「感染者がパーティーにいた」という出所不明の噂をSNSで流され、結局オープンな活動は自粛した。会議すらできなくなり、社会運動はインターネット上に一部が移行した。そんななかボローニャでは家賃不払い運動(→Link)が始まった。もう家賃など払っている場合じゃない。
 ゴーストタウン化した街では、警察と我々フードデリバリー労働者だけが往来するようになった。

 某日〈スタジオ・ゼロ Mezcal〉では《Torino Ribelle》の第2回ネット生中継がおこなわれていた。《Torino Ribelle》は、2006年から毎年か隔年ぐらいで行われているアナーキスト版トリノ映画祭で、いつもは市の中心部の広場などを一時占拠して、無許可で開催される野外のお祭りだ。100パーセント自主制作のビデオがアナーキストだけでなくトリノの地下アーティストたちからも届き、去年は3夜連続でやるほど作品が集まった。今年はロックダウン下ということで市内では開催不可能なので、ロックダウン下の人々が作ったビデオを集めて、初のスクウォットからのインターネット生中継開催になった。〈Mezcal〉にはTVや映画関係で働いている人が多く出入りしていて、巨大なスクウォットの一角に作られたスタジオはセットを含めすべて手作り、本当のTV用スタジオと何も変わらないほどだ。ここに来るたびに、たくさんの資材と無駄な時間と広大なスペースは、人間の能力を拡大するのに大切だといつも思う。京都大学吉田寮の食堂にも似たようなところがあった。〈Mezcal〉では建物内にスケートボード用ハーフパイプまで作っていて、近所の子供・若者がすべりに来ているところなど感心する。
 放送前、スタジオの雰囲気はTVの仕事のそれと変わらないレベルだ。生中継なので失敗ができない。スイッチ係をするEはすでに相当なストレスがたまっているのか「放送中は私に話しかけないで、質問しないで、喋らないで」と放送開始5分前にそう宣言した。スタジオにはカメラや照明、野次馬など10人ぐらいがいて、全員緊張感にピリピリしている。司会役のAと、ゲストの「インフルエンサー」役のGはまだ台本を覚えている。こんなことで本当に上手く行くのだろうか。前回はただ収録を見ながら酒を飲んでいただけだったけど、今回紆余曲折あって自分もライダー役でゲスト出演することになっている。ただ楽しみのためだとはいえ堪えられない緊張感だ。あっという間に放送が始まった。勇気をだすために舞台裏でビールを煽る。酔っ払わないギリギリのところまで。出番までの長い長い一時間を経て本番がやってきた。中継は今の所すべてうまくいっている。「これこれのタイミングでセットへ入ってきて」といわれたが「これこれ」のところが早くて聞き取れない。しかし質問することは禁止されているので聞き返せず、黙って合図を待つしかない。自分は『ライダーからのビデオ』を配達する役で、ただビデオを配達用カバンから取り出して渡すだけなのだけど、その動作と会話の一つ一つは全部予定されたものと同じでないといけない。さらにそれを「自然に」やる必要があって、これが一番難しい。仕事でもなければ失敗したからと怒られるわけでもない、それでもとにかく緊張する。出番が来る。合図が出る。役をこなす。やり終えてうまく『ライダーからのビデオ』につながった。二つあるビデオのうち一つは〈E〉というスクウォットに住むスクウォッターが撮ったものだ。若いスクウォッターの中には最近、ロックダウン下で外出するためにライダーを始めた連中がいる。失業して大量に新しいライダーが、特に車やスクーターで働くイタリア人労働者が増えてきているのはわかっていたけど、一方でこちらの同志や知り合いもたくさん入って来たので、ライダーの闘争はにわかに活気づいている。この最近ライダーになったMのビデオは、「死の街を行く」といったもので、新型コロナ禍の中働かされている我々の日常をGOPROで撮ったものだ。モノクロ調で、ただ自転車が夜の街を行く。車も、人も、灯りもなにもない。店はすべてシャッターが閉まっている。ベランダにイタリア国旗を掲げている家がたくさんある。《すべてうまくいく》キャンペーンで流行した子供の描いた虹の横断幕もある。そこには「神はあなたを愛する」というメッセージも同時に書かれている。時折通りすぎるのは警察やカラビニエリの車だけ。深夜の映像ではなく、多分夜8時頃だと思う、これがロックダウン下の街中だ。ビデオを撮ったMはHCバンドのボーカルもしていて、何を歌っているのかきいたとき短く「死について歌っている」といっていたけど、ロックダウン下の街はまさに「都市の死」と呼ぶにふさわしい。ウイルスの蔓延する街を我々はゾンビのように徘徊している。
 2本目のビデオ、これは一昨日のメーデーの写真と、ライダースのラップ部門が撮った結局完成しなかったPVの切れ端をミックスしたもので、説明しなければ誰もわからないアート作品だ。ライダーのTが2日しかないなかで編集して、《Torino Ribelle》に送りつけたもので、なんともいいがたい出来ではあったけれど、彼に制作を焚き付けるほど一昨日のスト・デモは熱気があった。5月1日、トリノはまだロックダウンの最中で、ピークは過ぎたものの新たな死者数や新たな感染者数もまだ報告され続けていた。
 デモまでの2週間、何故かなにもやる気にならず、ろくに同僚へのビラまきもしなかったので、あまり人数には期待していなかったけど、当日は70人くらいの集まりになった。多分この間我々がしていた、ネットでの申請がイタリア人にも難しい新型コロナ補償金――それもたった600ユーロ――の申請方法を外国人の同僚にグループチャットをつうじて説明する活動や(結局多くのライダーは受け取れなかった)、自転車屋がすべて閉まっている中、バーガーキング前で毎週行っていた同僚への自転車無料修理活動、警察に罰金をとられたライダーへの弁護士を通じた法的支援などが効いたのだと思う。とにかくこれほど参加者が多いのは久しぶりで、半分以上は外国人同僚なのも気に入った。ラマダーン期間と重なっているため、いつもこの時期の参加がきびしいイスラム教徒の同僚も何人か来ている。ロックダウン下では集会、デモなどももちろん禁じられている。会議ですらインターネット上でせざるを得ない。去年のメーデーは大手労組のデモの前に割り込んで、サン・カルロ広場に一番乗りしたけど(→『Riders al corteo del Primo Maggio 2019 a Torino』)、今年はそもそも自分たち以外誰もデモを組織していない。警察はもちろんこちらに全集中していて、(トリノではその数にいつも驚く)公安警察が数十人、機動隊を載せたバスが10台以上、メーデーの集合場所のカステッロ広場に待機していた。少し前に行われたアナーキストの(戒厳令に反対する)デモでは、デモ隊に警察が襲いかかり5人が逮捕された(その後すぐに釈放)ので不安もあった。しかしなんとなくこの間の雰囲気で権力はライダーを弾圧しないだろうとも思っていた。それは新聞の調子でもわかる。去年までは「アナーキストとアウトノミアに煽動されたライダーのデモ」というのが大手新聞の論調だったのが、おそらく我々が急速に外国人――とくにパキスタン人――を組織し始めてから、新聞も「ライダーの貧困問題」として少し真面目に扱うようになった。社会的な同情を得ている、と感じるときがある。ストライキでは同僚と自転車で市内を巡る《クリティカルマス》が恒例だ(クリティカルマスは上手く法律の隙間をついたデモ方式で最近こちらでは流行ってきている)。我々のデモでは市内を巡り、レストランに押しかけ、注文受注用タブレット端末の電源を切るように「お願い」する。街を騒音を出しながらライダーたちが行くと、自宅でやることのない人々がベランダから拍手で迎えてくれる。それも一度や二度でなくたくさんの場所で。アナーキストのデモにはバルコニーから「働け!」と罵声が飛ぶこともあるが、ライダーには野次を飛ばす人がいない。この日の我々の独立メーデーも公安警察・警察は大量についてきたものの特に何をするでなく、ただ遠巻きから我々を眺めているだけだった。
 3グループに別れ街中を一周した後、夕暮れ中心部で合流した。ラマダーンも終わり、みんなで夕食を食べる時間だ。何人かがアプリに届いた注文を盗みにいった。次々と料理が届く。ある店はストに賛同して働くのをやめた上、余った料理をライダーへプレゼントしてくれた。レストランも客を入れることができず、デリバリーしかできないので苦境に立たされている。そしてこの間も多国籍デリバリー企業は30%以上もの暴利を店から取りつづけている。スピーカーから流れる音楽に合わせて若いライダーたちがフリースタイルを始めた。彼らは初めてデモに参加した若者たちだ。アフリカ系のライダーが、フランス人のヒッピーライダーとジャンベを叩いている。パキスタン人同僚が携帯でビデオを撮ってそれをフェイスブックに投稿している。市の超中心部にロックダウン後初めて人が集まった。DIGOS(公安警察)やカラビニエリは遠巻きに見るだけで警告もしない。今日もたくさんのCURMILI(スト破り)がいたが、仕事を止めるよう説得する我々の言葉になにか感じるところがあればと期待したい。
 さてこういうことがあったあとでのビデオ中継は幸せな気持ちで望むことができた。ロックダウン下でなんとか呼吸するため人々が工夫して作ったビデオにも、普段の《Torino Ribelle》よりも切迫した緊張感があり面白かった。ドキュメンタリー、ドラマ、MV、アニメ。素人から玄人はだしまで様々なジャンルを多様な年齢、国籍、性別の人たちが撮っていた。豆腐に恋したスペイン人のヴィーガンが、同居人に愛人の豆腐を食べられるビデオなど最高だった。《Torino Ribelle》には、30本のビデオ、同時開催された《Giovani Ribelli》という、子どもたちの撮ったビデオの映画祭のものも含めればそれ以上の映像が集まった。2回でトータル400~1,000の視聴数、ほぼすべての大陸からのアクセスがあったそうだ。次回はいつやるのか聞くと、生放送はもうたくさん、次は路上で開催するよとの答えがかえってきた。上記したようにトリノの主な社会センター・スクウォットは軒並み一時閉鎖になり、公にフェスタなどを開くことはなくなった(もちろん社会的スペースだけでなく、TEKNOと呼ばれる音楽を好む違法レイブの若いオーガナイザーたちなども完全に沈黙している)。一部は外に出れない人向けの買い出し代行や、ライダーを通じての野宿者(イタリア政府による「家にいよう」キャンペーンは完全に彼らの存在を無視している)への炊き出し配達などをしているところもあるものの、ほとんど機能していないのが現状だと思う。「開かれた」場所の弱点が見つかった。歴史上初めて疫病を体験するスクウォットは、あらためてそのあり方を考えるところにきている。
 社会運動は仕事や授業と同じく自宅・ネット上に移動せざるを得ない。会議は〈jitsi〉などを通じてオンラインで行われている。良い点もある。各々が会議を支配する人たちの邪魔なしに話を最後まで終えることができる、誰かが話している間ほかの参加者たちはトラッシュトークができない。ラジオのようになにかやりながらでも参加できる。問題点は同意に至るのにたいへん時間がかかることだけど、民主度が上がるとそうなるのだから仕方がない。SNSのほうは、「家賃を免除しろ」「補償をいますぐ全員によこせ」などのプラカードを持った写真をハッシュタグ付きであげるといったことが、アウトノミアや共産主義者、民主主義者を中心に起こっている程度で、目新しいことはあまりないけど、たくさんの人がウェブラジオを始めたのは画期的だ。もはや誰でもできるネット配信は今年に入ってライダースも始めていて、というかライダーの何人かが勝手に始めていて、仲間内だけど大変面白い試みだ。夜の仕事中、8時頃から放送が始まる。「トップライダー」になるには小型ブルートゥーススピーカーを配達カバンにつけることが必須になっていて、音楽をかけながら街を流すのがひとつの流儀なので、ウェブラジオが街中に流れることになる。リクエストも受け付けていて、イタリアのポップ/ヒップホップ/トラップに混ざってインドポップスや日本語ラップなんかがいっしょくたにかかる。ロックダウン後一部のアナーキストは新型コロナをテーマにネットラジオ配信を始めたり、アウトノミアなどもフェイスブックなどを通じて放送を始めている。トリノの老舗反体制ラジオ局である〈Radio Black Out〉はロックダウン直後から「オープンマイク」とめいうって、仕事を失った人や医療関係者などの電話をそのまま流す放送を始めた。
 政府は「正常化」に必死だけど、新型コロナ以前のその「正常」こそがすでに不平等で、非正規を搾取し、病院などのインフラを破壊してきたことを忘れてはいけない。感染者の発覚からすぐに医療崩壊をおこし(知り合いの看護師は一日12時間週7で働いている一方、失業者は大量にいる)、たった2ヶ月のロックダウンでもう家賃が払えなくなった人が続出しているのは、数十年にわたる新自由主義経済の結果で、人災・政治災害だといえる。さらに人の移動の禁止は、工業都市から観光地へのシフトを目指していたトリノには大打撃で、ロックダウン下での「都市の死」は一過性のものでなくなるかもしれない。観光客よびこみのためにせっせとジェントリフィケーションにはげんできたその他多くの都市でも同様だ。ホテルやAirbnbは閑古鳥が鳴き、おしゃれなバーやレストランは入店禁止。下宿学生も、単身赴任者も、子供がいる家庭も、都会がいかに疫病や災害に弱いか身にしみてわかっただろう。高い家賃に見合う仕事ももうない。多くの知り合いが身の振り方を考え始めている、新型コロナ次第ではあるけれど、冬が来る前に、一体どれほどの人がこの街から出ていくのだろうか。冬季一時宿泊施設を追い出された人々が市庁舎前にテント村を作ったのが4月(すぐに強制排除され、野宿者は〈Torino Esposizioni〉というオリンピックマネーで作られその後廃墟状態になった施設に収容された)、5月に入りロックダウンが緩和されると、タクシー運転手や旅行代理店で働く人々が次々と広場で抗議を始めている。新型コロナによる恐慌が、経済を観光に依存する南部の沿岸地を襲うのは今年の夏からだろう。政府はベーシックインカムか暴動かの選択を迫られている。本当の新型コロナショックはまだまだこれから始まるのだと思う。


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