Wem gehört die Stadt? 都市は誰のものなのか(1)――koZe(コッツェ)を題材に

2017/11/27 小美濃 彰

 ドイツ北部・ハンブルクの中央駅を出て5分も歩かないうちにミュンツフィアテル(Münzviertel)という住宅街にたどり着く。この地区の近隣には、中央駅とハンブルク市庁舎を結ぶショッピングストリートのメンケベルク通り(Mönckebergstraße)、外国人の経営する商店や料理店が多く集まり、住宅の再開発もすすむザンクトゲオルグ(St.Georg)などが位置している。さらに、この地区から南にくだっていくと、エルベ川北岸の港湾地区の再開発によって誕生したハーフェンシティ(Hafen City)にたどり着く。ハーフェン(Hafen)というのは「港」を意味するドイツ語で、この地区はもともとレンガ造りの港湾倉庫街であったところを住宅・企業オフィス・レジャー施設などへと転換させた場所である。
 ここで紹介するkoZe(Das kollektive Zentrum)――「コッツェ」。英語にするならthe collective centre――は、上記のミュンツフィアテル内にあった廃校(旧ろう学校)をスクウォットして生み出された自主管理スペースである。この旧ろう学校のスクウォッティングが宣言されたのは2014年7月のことだが、一年強の期間を経た2015年9月から部分的な排除を受けはじめるようになり、2016年10月には完全に立ち退いてしまったようである。
 このkoZeは、拡張へと向かおうとするハンブルクの都市政策が内包する矛盾に対して闘われたひとつの事例であり、いまハンブルクで何が起きているかということの一端として目を通してもらえればと思う。小さな特別市――特別市は単独でひとつの連邦州に相当する。ベルリンも同様――であるハンブルクでは、都市規模を拡大しようにも面的な拡張を望み難く、既存の土地利用や空間編成をいかに転換していくかということが政策の焦点となっている。その中で大規模に再開発されているのが港湾地帯のハーフェンシティであり、このハーフェンシティとの差異化という意図に従属するかたちで、ハンブルクの住宅不足を少しでも緩和すべく白羽の矢が立った地区のひとつがミュンツフィアテルなのである。

1. ミュンツフィアテル

都市は誰のものなのか(1)
※〔図1〕Bezirksamt Hamburg-Mitte, Aktive Stadtteilentwicklung 2005-2008(発行年不明)に掲載されていた地図から作成。

 ドイツ鉄道のハンブルク中央駅と長距離バスターミナルなど主要交通機関に隣接し,市中心部だけでなくハーフェンシティという再開発地区にも隣接しているミュンツフィアテル。隣接しているといっても実はこの地区、北側の中央駅から南/南東に走る線路、南部を東西に横切るアムジンク通り(Amsinckstraße)など複数の線に囲まれて分断された、小さな地帯である〔図1〕。
 中央駅や、北東に位置するザンクトゲオルグなどへのアクセスはアルトマン橋(Altmanbrücke)や鉄道高架下を抜けるレプゾルト通り(Repsoldstraße)に絞られているし、南側ではアムジンク通り(Amsinckstraße)のほかにノートカナル通り(Nordkanalstraße)やノートカナル橋(Nordkanalbrücke)、シュパルディング通り(Spaldingstraße)が横切っている。これらを渡って地区の南側へ向かうには、車の往来を縫って渡るのでなければ東か西に大きく迂回する必要がある。パッと地図を見たところでは分かりづらいのだが、こうした地理的条件によってハンブルク市中心部の発展から取り残されつつあるということは、かねてより指摘されてきたことであった〔注1〕。
 ミュンツフィアテルを行政区域に含んでいるハンブルク中央区(Bezirksamt Hamburg-Mitte)が発行した資料“Aktive Stadtteilentwicklung 2005-2008”を見てみよう。この中では上記のほかに、地区内に緑地が少なすぎるということ。あるにしても私有地や廃校など利用の制限されたものしかないことや、地区に隣接している保健所に通っている薬物中毒者の出入りをフェンスで防いでおく必要があるといったことなどが取りあげられている。
 この資料は、こうした諸課題の克服をめざした都市開発の構想であり、そのタイトルを直訳するならば「積極的な都市開発 2005-2008年」といったところである。ここでの「積極的」という言葉が向けられているのはおそらく、再開発の対象となるミュンツフィアテルの住民参加のことであろう。実際にハンブルク中央区とミュンツフィアテルの住民団体との間でも、交渉が重ねられてきた。「芸術街」(Kunstmeile)と呼ばれる地区にも隣接し、すでに触れたような地理的環境などから比較的家賃が低くなっているミュンツフィアテルには芸術家や学生の住民が多く、交渉の先頭にたっていたのはKunst Labor Naher Gegenden e.V.(以下、KuNaGe)という芸術家グループであった。
 このKuNaGeと中央区行政との交渉を中心に進められた「積極的な都市開発」は、①「芸術と社会」(Kunst und Soziales)、②「住宅と住民」(Wohnen und Bewohner)、③「(半)公共空間」((Halb-) öffentlicher Raum)という3つの柱を掲げていた。①では、住民が芸術活動を通じた地区の活性にたずさわっていくこと。②では、ミュンツフィアテル固有の居住機能をどのように構築していくか。③では、狭いミュンツフィアテルにおいて、庭園などの私有地も地区の景観を飾るような「(半)公共空間」として活用していく、ということがそれぞれ主題化されていた。
 アクティビストらがスクウォットしたろう学校は、②「住宅と住民」のなかで新たな住宅建設プロジェクトの対象として焦点化されていたものである。このろう学校の敷地はミュンツフィアテルを含む三角地帯のほぼ中央に広がっているため、これをどのように活用するかという問題は開発に対する住民の要求の中心にもなっていたのである。この場所を、住民に役立つような形でどう領有していくかということが問題だったのだが、行政との交渉が断絶し、ここがスクウォッティングによる闘争の場へと変わったのは、所有者であるハンブルク市がこの場所を住民から一方的に奪い取ったことに起因している。

2. 空間の奪い合い――koZe

 すでに触れたように、ろう学校のスクウォッティングが宣言されたのは2014年7月だが、この半年以上前の2013年10月から、KuNaGeがろう学校跡地の無料・一時利用を所有者であるハンブルク市に対して要求していた。ミュンツフィアテルではフードコープのタンテ・ミュンツェ(Tante Münze)や、自転車利用者からなる互助グループのラートキュッヒェ・ミュンツェ(Radküche Münze)といった団体が活動しており、それぞれが活動スペースを要求していたのである。フードコープにせよ自転車修理の互助グループにせよ、参加者が集まりやすく、そしてなによりも家賃や光熱費による費用負担を低く抑えることのできる場所が必要になるからだ。
 これに対し市当局は要求を拒み続けたが、その後も一時利用の請求をおこなってきたKuNaGeに、2014年6月になって諸経費込みで6.95€/㎡という賃貸を提案している。しかしKuNaGeが要求していたのは上記のような理由にもとづく無料利用であり、賃貸の提案を却下している〔注2〕。翌月に実行されるスクウォッティングには、簡単に言ってしまえばこのような背景があった。しかし、この行動はただ賃貸料の請求に反発したのではない。一度は警察により排除されたが、このスクウォッティングを経て無料での一時利用を獲得したkoZeは、2014年12月10日付の“Kollektives Zentrum – Here we are”という声明で以下のように述べている。

 シュルツ通りとノルダー通りに面するおよそ8000㎡もの大きな敷地をめぐる、ミュンツフィアテルの人々の何年にもわたる取り組みを経て明らかになったのは、地区の開発への住民参加に行政が全く関心を示していないということだった。かなり長いあいだ空き家状態であった旧ろう学校の一時利用をもとめる懸命な請願は、この敷地を売却しようとするLIG〔引用者注:市有不動産を管理する市当局〕とこれに関心を示すHBK〔引用者注:市がろう学校跡地を売却した先の民間企業〕の間でもて遊ばれ続けてきた。今こそ官僚的なくだらない会話と偽りの住民参加から抜け出して行動する時であり、今年の7月に起きた約200人によるスクウォッティングとkoZeの成立もそういった行政の振舞いの帰結である。〔…〕2011年にはこの土地の開発計画案の学生コンペが開催され、ハーフェンシティ大学の学生や教員、そしてミュンツフィアテルの住人らが数か月に渡って取り組みを行ってきた。〔…〕財務局〔引用者注:LIGはここに属する一部署〕がここで表彰や選考過程にも参加していたにもかかわらず、このコンペの結果は現行の新規建設計画に全く取り入れられていない。2013年の末になると、ミュンツフィアテルでは旧ろう学校の敷地がとある投資企業に引き渡されたことが明らかになった。その企業〔引用者注:HBK〕は2013年12月に建設計画案を発表したが、敷地引き渡しの可否がかかったこの計画内容で、2011年の学生コンペの結果はまったく考慮されていなかったのである。
(※koZeウェブサイト内のリンク切れで現在閲覧不可。最終閲覧日:2016年1月5日)

 これを見る限りでは、ミュンツフィアテルの再開発が行政と住民との間で当初から決定的に対立したものではなかったということが明らかである。ハーフェンシティ大学というのは、都市工学や建築学を主要学科として2006年に新設された大学で、これと連携してミュンツフィアテルでは数カ月にわたる開発案のコンペをおこなっていたようでもある。ところが2013年12月、HBK――ハンブルクに拠点を置くデベロッパーであるHanseatische Bau Konzept GmbH & Co. KG――の発表した計画が2011年のコンペを反故にしたものであるにもかかわらず、ろう学校の敷地売却が決定されたというのである。
 HBKの提示した計画は、家賃設定が自由である学生向け住宅を50%、世帯向けの社会住宅を50%(うち20%は高齢者介護付住宅)という住宅建設案であった。しかし、2011年のコンペで1位に選出された計画案には、コーポラティブハウスや社会住宅、アーティスト向きのアトリエ兼住宅、野宿者のための臨時宿泊所、職業訓練生向けの寮、フードコープ、保育所、音楽室といった構想が盛り込まれていたのに、これがHBKの計画に全く反映されていないということをKuNaGeが指摘している〔注3〕。スクウォッティングによってkoZeが誕生したということは、自分たちのアイディアにしたがって、自分たちの手によってのみ都市空間を領有していくという意志の実践的な表明であり、行政や資本に対する救いようのない失望と徹底的な拒否を示しているのである。
 ろう学校を占拠したあとにハンブルク市が利用を追認したのは、敷地全体からすると大きくなく、もともと保育園だった部分とその園庭のみであった。それでも活動を開始したkoZeは、当初からKuNaGeによって要求されていたフードコープや自転車の修理工房だけでなく、バー営業や上映会、講演会などさまざまな形で、さらに難民支援の拠点としても活用していくことで、この場所を地区内外に開いていった。また、保育園の園庭は地区に不足していた遊び場として開放され、室内ではヨガや格闘技の教室が開講されるまでに活動は広がっていった。
 koZeが目指していたのはおそらく、この場所を拠点としてどれだけ多くの人びとを組織化していけるかということ。この場所をより多くの人の生活のなかに組みこめるような形で領有していくことである。そして、そのための呼びかけにもなっている活動は、上記のような実践をはじめとして多岐にわたっている。目標とされていたのは、koZeという場所にたいして権力や資本が何らかの圧力を加えたとき、それが空間的に局限されたものでなく、そこでの実践を根拠として形成されたネットワーク総体への攻撃として受けとめられるような組織化なのである。ハンブルクの地元紙『ハンブルガーアーベントブラット(Hamburger Abendblatt)』に掲載されたkoZeからの声明では、「事態をエスカレートさせるつもりは無いが、市当局が地区の市民団体や難民グループ、炊き出しなどあらゆる活動を路上に投げ出すというのであれば、政治的な拠り所を喪失した悲しみや怒りが蔓延することになるだろう」とも述べている〔注4〕。「自分たちでこの空間を創っていく(Wir gestalten diesen Raum selbst!)」のであり、「そこに役所や政府はいらない(Hierfür brauchen wir weder Behörden noch den Senat.)」のである〔注5〕。しかし、koZeがこのようなものとして根付いていくほど、敷地内の建物を取り壊すためにいずれ立ち退きを要求することになる市当局やHBKによる措置は、当然強硬さを増していかざるをえない。
 koZeが活動を開始して以降、利用が許可されている保育園部分のほかにも使用契約を拡大するという要求がkoZeやKuNaGeから市当局に対してなされてきたが、両者のあいだに対話がもたれることはなく、それでもkoZeが無許可のまま建物の使用を広げるなどして双方の態度がますます硬直していった。そうした状況下で、2015年7月27日の朝5:30に一切の予告なしにkoZeへ工事業者が進入し工事資材が搬入されるということがあった。これに気づいたアクティビストが門を閉鎖して責任者との面談を要求すると、公安警察2名と同行してきた当局の代表者はkoZeとの交渉に応じず、機動隊を投入して資材の搬入を再開したのである。この工事はkoZeが利用している保育所部分と庭を挟んで反対側に位置する旧ろう学校校舎のアスベスト検査であるとされており、作業区域への立ち入りを禁止するためにベニヤ板を並べた壁が作られ、これを警察が24時間体制で警備するという状態がその後6週間にわたって続いた。その間に事態がエスカレートすることはなかったが、9月2日に突然、庭部分の強制排除が開始された。その日の朝5時半頃、警察がkoZeに対して庭にあるものを7時までのわずか1.5時間以内に全て撤去するよう命じ、koZeのアクティビストが庭のものを建物内部へと移動させている間にもショベルカーによってツリーハウスなどが撤去されてしまったのである〔注6〕。
 koZeが発行していたミニコミ“Cozy Times”は2015年9月の様子を記録した第5号でとまっている。ウェブサイトの更新も滞っており、最近の活動の詳細は分かっていない。ただし、koZeのFacebookページを見ると、2016年10月29日に開かれたパーティーを最後にして、それまでのろう学校の敷地内からは完全に退去しているようである〔注7〕。

3. koZeを足がかりに何を見るか――ハンブルクで起きていること

 かなり大まかな形で、ハンブルクのスクウォッティング運動についてkoZeという事例紹介をおこなった。ミュンツフィアテルに現われているのは、都市全体を俯瞰してその構造を再編しようとするハンブルクの都市再開発政策と、それぞれの生活の中で都市空間を生きている住民との間の空間の領有をめぐる対立である。とはいえ、koZeとミュンツフィアテルの事例だけではこのことをすべて説明できていない。少しずつ視野を広げていくと、ミュンツフィアテルの再開発は、その南方に位置するハーフェンシティとの差別化が意図されており、さらにこのハーフェンシティの再開発は、「エルベ川を飛び越える」ような形で港湾地域一帯をハンブルク中心市街に統合させていくという構想を含む、「成長し続ける都市」といったモチーフのもとにあることが明らかになってくる。
 「成長し続ける都市」・「エルベ川を飛び越える」というスローガンは2000年代のはじめに採択されたものだが、そこから現在にいたるまでにはオリンピック招致運動の挫折――2024年夏季五輪招致が住民投票によって否決された――といった出来事もあった。だからといって、「成長し続ける都市」という都市再開発のモチーフが破棄されたわけではない。2017年11月初頭の『シュピーゲル(Der Spiegel)』の記事によれば、ハンブルク西部の鉄道ターミナルになっているアルトナ駅を、市の中心寄りの隣駅・ディープシュタイヒ駅(Diebsteich)に移すという大規模な開発計画が浮上している。それによって運行が時間通りになり、乗り換えが楽になり、また中央駅の負担も分散されるというのが、ドイツ鉄道とハンブルク市の言い分である。ディープシュタイヒ駅が拡張されて新たなアルトナ駅となることで、もとのアルトナ駅は広大な空き地ができる。ここに新たな宅地開発が可能になるというのである〔注8〕。
 こうした動きも含めて、「成長し続ける都市」というモチーフが現在においてどのように働いているのかを注視していく必要がある。そしてそれが、さまざまな地区でどのような葛藤をひき起こしているのかということにも着目していかなければならない。今回はとっかかり点としてミュンツフィアテルのkoZeを取りあげたが、次回以降、すでに触れたような問題も含めてハンブルクで何が起きているのかということを、少しずつ考えていきたい。そして、常に“Wem gehört die Stadt?”と問い続けている取り組みのなかから反ジェントリフィケーションの戦術を学び取っていければと思う。

〔注1〕Bezirksamt Hamburg-Mitte, Aktive Stadtteilentwicklung 2005-2008(発行年不明)
 URL: http://www.muenzviertel.de/downloads/Themengebiet-Mnzviertel.pdf(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注2〕Der Münzviertel-Blog, Hauptsache Leerstand: ehemalige Schule für Hörgeschädigte Schultzweg 9
 URL: http://www.muenzviertel.de/blog/?p=1698(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注3〕Der Münzviertel-Blog, “Stadtplannung von Unten” oder Gelddruckmachine für profitgierige Investoren: Schlüsselprojekt: Neubebauung Schulgelände Schultzweg “Fördergebiet Münzviertel” (RISE)?
 URL: http://www.muenzviertel.de/blog/?p=1440(最終閲覧日:2017年11月24日)
Der Münzviertel-Blog, Einladung: Wahlanhörung zur Bürgerschaftswahl 2015 am 3.2.2015 um 19.30 Uhr im Werkhaus Münzviertel Rosenalle 11 2. Stock
 URL: http://www.muenzviertel.de/blog/?p=2442(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注4〕Hamburger Abendblatt, Sorge wegen einer zweiten Rote Flora in Hamburg
 URL: http://www.abendblatt.de/hamburg/article205372361/Sorge-wegen-einer-zweiten-Roten-Flora-in-Hamburg.html(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注5〕Solidarische Raumnahme, Rauhnahme im Münzviertel
 URL: http://www.raumnahme.de/Archive/522(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注6〕Das kollektive Zentrum, Cozy Times 4, 2015
 URL: https://www.docdroid.net/15zbs/cozy-times-4.pdf(最終閲覧日:2017年11月24日)
Das kollektive Zentrum, Cozy Times 5, 2015
 URL: http://koze.in/wp-content/uploads/2015/06/cozy-times-5.pdf(最終閲覧日:2017年11月24日)
〔注7〕URL: https://www.facebook.com/events/1879316975633139/(最終閲覧日:201年11月24日)
〔注8〕SPIEGEL ONLINE, Großprojekt Bahnhofsverlegung Altona Hamburgs Stuttgart 21
 URL: http://www.spiegel.de/wirtschaft/soziales/hamburg-neuer-bahnhof-altona-bringt-viele-nachteile-a-1175156.html(最終閲覧日:201年11月24日)