ロンドンの若きラテンアメリカ系フェミニストは「ジェントリフィケーションに抵抗せよ!」と叫ぶ

2017/07/01 村上 潔

 2017年4月8日(土)午後、サンバのリズムとカラフルな衣装、情熱的なダンスがロンドンの一角を彩った。
 ロンドン北部の特別区、ハーリンゲイ区のワーズ・コーナーに位置する〈セブン・シスターズ・インドア・マーケット〉。
 その前面のスペースを使って、《Salsa & Samba Shutdown: Save Latin Village & Wards Corner》と題したイベントが開催された。
 このマーケットには、ラテンアメリカ系のショップ・カフェ・レストラン・理髪店などが入っていて、ロンドン北部におけるラテンアメリカ系ビジネスの拠点となっている(イギリス国内でも2番目の規模を誇る)。親しみ深く個性的、ちょっとカオスで刺激的なテナントの数々は、ロンドンのなかでもひときわ魅力を放っている。またそれだけでなく、ここはラテン系住人コミュニティの中心地であり、非ラテン系の人に対して文化的多様性を提供する場所であり、そして近年急速に進んでいる公有地の私有化や「都市再生(regeneration)」を逃れている場所でもある。
 しかし、この土地はけっして平穏な状況にあるわけではない。実はこのマーケットの店主たちは、ハーリンゲイ区ならびにデベロッパーの〈グレーンジャー〉社と闘っているのだ。そう、つまり、この土地を「再開発(redevelop)」しようとしている者たちと。
 区の再開発計画が始動したのが2004年。以後、このコミュニティを守る闘いはずっと続けられてきた。2007年に〈ワーズ・コーナー・コミュニティ連合〉が結成され、2008年にはヒューマン・チェーンがワーズ・コーナーを取り囲んだ。今回の4月8日のイベントでは、それの歴史的な象徴的瞬間を再現すべく、ヒューマン・チェーンが再び実施された。
 このイベントは、サルサ・サンバ・ダンスを通じてラテン文化と多様性を称揚し、また公共空間を占拠することで、このコミュニティが直面しているジェントリフィケーションの問題を広く喚起することを目的として、〈ラテン・コーナー・UK〉と〈ロンドン・ラティンクス〉が共同で主催したものである。前者は、マーケット内のラテン・ヴィレッジ(El Pueblito Paisa)に関することを広報する社会的企業。後者は、若いラテン・アメリカ系アクティヴィストからなる草の根のフェミニスト・グループである。
 このうち、特に〈ロンドン・ラティンクス〉が主体となって発信しているメッセージは、非常に意義深いものがある。彼女たちが当日イベントで読み上げたアピール文が翌日フェイスブックで公開されていたのだが、そこでは、

ラテン・ヴィレッジを守れ
ワーズ・コーナーを守れ
私たちラティンクスのセーフ・スペースを守れ
ハーリンゲイ区に残された最も大切なコミュニティ・スペースを守れ

という要求に並んで、以下の4点が明確に謳われていた。

  • ジェントリフィケーションは人種差別である。
  • ジェントリフィケーションは家父長制的である。
  • ジェントリフィケーションは階級差別である。
  • ジェントリフィケーションは反コミュニティ的である。

 各ポイントの論旨は省略しているので、[http://www.arsvi.com/2010/20170621mk.htm]で確認してほしい。また、アピールの最後の部分がメンバー2名によって(英語とスペイン語で)読み上げられている映像を[https://twitter.com/londonlatinxs/status/851014277037260800]で視聴することができる。
 ここで注目すべきなのは、彼女たちが、目の前にある問題の本質でありかつ自分たちが対峙する「敵」であるのは「ジェントリフィケーション」だということを、これ以上ないほど明確に認識し、指摘している点である。ジェントリフィケーションが有する抜き差しならない「政治性」を、まさにフェミニストとしての視点から、鋭く抉り出していることである。
 フェミニストとして、というのは以下の3点に象徴されている。
① 要求のなかにある(そしてグループ名でもある)「ラティンクス(Latinx)」という言葉は「ラティーノ/ラティーナ」に替わるジェンダー・ニュートラルな用語であり、トランス・クィア・ノンバイナリーの人々を含む。
② 「セーフ・スペース」はLGBTQIAならびにフェミニストの活動においては(「セーファー・スペース」を用いる主体も多いが)必須の設定項目であり、ゆえにこの必要性を掲げていることは、その活動主体が性的多様性ならびにそれを重視する姿勢を有していることを一定象徴している。
③ ジェントリフィケーションにはジェンダーの問題(家父長制)が内包されていることを、人種・階級といった側面と並列するかたちで(それらと同等の重要性をもつものとして)指摘している。
 こうした点をふまえて、次のことを指摘したい。
 〈ロンドン・ラティンクス〉の存在は、フェミニストとしての視点・立場から、反ジェントリフィケーションの運動の枠・射程を拡張し、より大きな問題化(問題の政治化)を可能にし、そして目指すべきコミュニティの姿をより公正なものにするうえで、非常に大きな意義を有している。反ジェントリフィケーション運動が、真に力強い、現実的な多様性を担保した、自律的な空間管理主体として確立するためには、このような存在を内/外から醸成・召喚し前面化する、そのうえで連携・協働していく必要があるのではないか。
 今回のコラムでは以上のことを指摘するのにとどめるが、今後もこれに関連する事例を定期的に紹介・検討していく予定である。
 最後に、彼女らが読み上げたアピール文の締め括りの言葉を挙げておこう。
 「ジェントリフィケーションに抵抗せよ!」


■Reference
◇The London Latinxs “Resist Gentrification!” (April 9, 2017) =村上潔訳「[アピール]ジェントリフィケーションに抵抗せよ!」(2017/06/21)http://www.arsvi.com/2010/20170621mk.htm
◇The London Latinxs “[Event] Salsa&Samba Shutdown PART II” (June 19, 2017) =村上潔訳「[イベント]サルサ&サンバ・シャットダウン パート2」(2017/06/22)http://www.arsvi.com/2010/20170621mk.htm
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◇The London Latinxs https://www.facebook.com/thelondonlatinxs/
◇Latin Corner UK http://www.latincorner.org.uk/
◇Wards Corner Community Coalition http://wardscorner.wikispaces.com/
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◇Dan Hancox 2016/10/21 ”London’s Latin Americans Are Bearing the Brunt of Gentrification” (VICE) https://www.vice.com/en_uk/article/londons-latin-americans-are-on-the-front-line-of-gentrification
◇Lizzie Edmonds 2016/12/19 ”Traders fight plan to demolish and redevelop Latino market in Tottenham” (London Evening Standard) http://www.standard.co.uk/news/london/traders-fight-plan-to-demolish-and-redevelop-latino-market-in-tottenham-a3423616.html
◇Harry Rosehill 2017/02/23 ”Seven Sisters’ South American Market” (Londonist) http://londonist.com/london/features/seven-sisters-south-american-market
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◇Tanisha Love Ramirez & Zeba Blay 2016/05/07 ”Why People Are Using The Term ‘Latinx’: Do you identify as “Latinx”?”(HuffPost)http://www.huffingtonpost.com/entry/why-people-are-using-the-term-latinx_us_57753328e4b0cc0fa136a159

【追記(2017/07/14):Reference】
◇Usayd Younis & Cassie Quarless “London Latinxs: Building Affinity Groups, Fighting Oppression”, STRIKE! Issue 15 (MAR-APR 2016): 29 =村上潔訳「ロンドン・ラティンクス――アフィニティ・グループを作り、抑圧と闘う」(2017/07/11)http://www.arsvi.com/2010/20170711mk.htm